痩人-Thin Man- (from China)インタビュー
それはフジロック1日目、心配な雨が本格的に降り出した正午の事。まだ入場してきたばかりのFujirockers達が会場内に居場所を見つける為大きな荷物を持ったまま歩き回っているのが目に付く最中、 Red Marqueeに2組目のバンドが登場した。すかさず演奏がスタート。重厚なハードなサウンドである。
何も前情報がないと思われる偶然通りかかったオーディエンス達には驚きの表情が覗える。
バンド名は“痩人”−Thin-Man− FRF始って以来初の中国から参加のバンドである。
その時の演奏は後日のプレス・TV中継(Thin-Man放送未定)にて皆さんに伝わるかと思いますので、今レポートではバンドのインタビューに交えて、バンドの歴史や中国のロック事情に関する紹介を。
メンバー構成は、ジュー・ジュー・イン(Ba) ダイ・チン(Vo)フ−・ニン(G) ワン・ラン(Dr)の4人。
まずはダイ・チンが中心となり地元の仲間とバンドを結成したのが1993年の事。その後いくつかのレコーディングを繰り返したが翌年には一時解散。短い間の活動ではあったが、その後伝説のバンドとして中国アンダーグラウンドロック界では語り継がれていた。そのダイ・チンが、ワン・ラン、フ−・ニン、ジュー・ジュー・インと出会ったのが97年。 3人の中ではカリスマ的存在であったダイ・チンはその3人の力量を信じてThin-Manを再結成。現在のメンバーラインナップが固まる。当時中国政府からは「ロックは反体制のシンボル」ということで法律に禁じられていた中、地下組織的に活動するしかない状況で地道なライブ活動を続ける。中国のロック事情は後程お話するとして、その中国も昨今やっと政府の請け入れも柔軟になり、ここ2〜3年程でやっと人目に付く会場やテレビなどのメディアでも活動できるようにはなってきている。
そんな中、各地でライブ活動を続け、昨年には1stアルバムを発表。 さらには中央TV局(日本で言うNHKのようなもの)で史上初のロックバンド出演という快挙を成し遂げる。これは中国の若者の手による文化の解放ともとれる異例なことであった。
他にThin-Manのキャリアとしては、天安門前の西単文化広場における1万人を集めたライブを結構。中国ロックバンドを集めた屋内イベントではヘッドライナー級で出演。4万人ものオーディエンスを熱狂させた。
今年度には待望の2nd albumが発表される。それも世界発売が決定済みのプロジェクトで動いているとのこと。
中国ロック事情
上述にもあるが、数年前までの中国におけるロック事情というのは、私達のようにいつでもどこの国のバンドでも気軽に聴く事ができる日本人には信じられない情勢があった。 「ロックは反体制のシンボル」 このような政府の思い込みだけで、演奏することはもちろんの事 聴く事さえも違法とされてきたのである。 特に天安門事件の直後あたりは特に政府からは厳しい扱いをうけたらしい。
80年前後に文化大革命が終り、解放改革路線がスタートしたものの、海外のアーティストの音源は通常のマーケットでは入手不可能とされていた。Thin-Manのメンバー達はそれこそ闇で流通されている“海賊版”と呼ばれる違法コピーCD/テープでのみしかロックに触れることはなかったらしい。 各メンバーが始めてロックに触れたバンドを尋ねてみたところ、Pink Floyd, Jimi Hendrix, Beatles, Metallicaなどの名前が挙がった。 もちろんこれらのバンドも闇でのみの流通でしかなかった。 ロック仲間は、やはり政府/警察から隠れた場所に集まり、そこからJam-sessionが始りメンバーがあつまる。ライブ活動も違法に隠れての活動であった。やはり警察に見つかり無くなったライブハウスも数々あったらしい。
最後に今回FRF’00に参加した感想を聞いてみたところ、メンバー各人お気に入りのFoo Fighters, Henry Rollins, Sonic Youthを観れたことにいたく感動していた模様。Vo.のダイ・チン曰く「ビデオや雑誌などで見るWoodstockなどの海外のフェスでは、これだけ様々な国の音楽が同じ時に同じ場所で演奏されるというのは信じられない事だ。FRFのように有名・無名に関わらず、それも世界中からの音が聴けるというのは、日本人の心の大きさを実感できた。(Global Open-Mindという言葉を使っていた)」。 Ba.のジュー・ジュー・インは「海外のフェスに負けていない。逆に世界中のフェスに影響を与えれるほどの貢献度はえもある。」「日本人はこのフェスを誇りに思えるであろう。」「来年ももしチャンスがあればNew Albumを引っ提げて皆の前で演奏したい。 パワーアップしていることを約束する。」っと、世界に向う初期段階で日本での活躍を期待させられる意気込みを現してくれた。
40分程にわたる彼等とのインタビューが終り、別れを言いその場を去ろうとした私をDr.のワン・ランが「最後に一言、」っと引き止め、こう言った「FRF参加のバンドから比べれば、まだまだマイナーな中国のバンドをこれだけオープンマインドに受け止め、演奏するチャンスをくれた、Fuji Rock/SMASHに中国ロック界を代表して感謝の気持ちを伝えたい。またこれからも中国だけでなく様々な国の音楽を紹介できる、日本のみならずアジアを代表するフェスティバル/カルチャームーブメントになってくれることを願っています。」
Fuji Rockはどのフェスティバルの真似でもない、世界に代表するオリジナルなフェスティバルとして進化しているのだと気付かされた瞬間だった。 私達はまだスタートしたばかりのその貴重な時期をリアルタイムで体験しているのだ。今年の開催中もフッと1年目の天神山を思い出す瞬間があった。 あれから今年で4年目。来年も苗場での開催が決定。Fuji Rockは皆の期待を背負ってどこまで突き進むのか。 自分の目で確かめ続けようと思った。
Reported by HIRO NISHIOKA (2000,8.2 / 17:38)
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